”素敵だったわ!男らしくって!”
 
29歳の敏郎さんなんて、そりゃあ最高に素敵で男前だろう。
 
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2014年に亡くなった女優淡路恵子の『死ぬ前に言っとこ』という口述本を読んだ。この方、相当波乱万丈な人生を送っている。それはさて置き、『野良犬』で共演した敏郎さんとのエピソードが可愛らしくて素敵だ。
 
当時16歳の淡路さんは『野良犬』が映画初出演。松竹歌劇所属でダンサー志望で女優なんか興味なくて、初めは凄く嫌だったらしい。無理矢理のオーディションで騙されるようにして連れてこられて、敏郎さんはそんな彼女に役者が嫌で逃げ回った自分を重ねたかもしれない。
 
敏郎さんは、雨で撮影が休みになった日には彼女を連れて銀座へ遊びに行ってステーキをご馳走してくれたり、少女雑誌を買ってくれたり、撮影後の飲み会で退屈を持て余してるとキャンディくれたり、何かと世話を焼いてくれたそうだ。この頃の敏郎さんは恋人にゾッコンだったから下心はナイ、根っから面倒見がいいだけ。
 
プールサイドに佇む水着姿の敏郎さんの写真(サイン入り)を本人から直接もらったけど、当時はあまり嬉しくなかったそうだ。まあ確かにいくら男前でも一回りも年上の好きでもない男の水着姿の写真もらっても、嬉しくないどころかヒク年頃だろう。
 
出番が全て終わり車に乗って撮影所を去る時、監督含めスタッフ皆で見送ってくれた。その時敏郎さんは、上着の裾をつまんで、バレリーナが舞台で挨拶する時のように足を曲げ、彼女にむかってお辞儀。
 
ちょっとおどけてしたそんな仕草で、最後の最後、敏郎さんはやっと彼女の心を掴んだかもしれない。
 
敏郎さんはもう既にスターだった、身も心も。
自分の水着写真の絶対的価値を信じてるし。
それ以上に気遣いの人だった、自分もまだまだ大変だったろうに。
 
これは優しさと呼んで差し支えないんじゃないか?
 
1966年に淡路さんは萬屋錦之介と再婚、女優業を引退し、待ち構えていたかのように襲った怒涛の人生に揉まれた後、1987年54歳の時に女優として復帰する。その復帰作で共演したのが他ならぬ敏郎さんだ。この時のことについて彼女は何も言っていないが、不機嫌だったけど幸せだった『野良犬』の頃の思い出が蘇ったんじゃないだろうか。もう敏郎さんもあの頃みたいに面倒を見てはくれないけれど、敏郎さんがいるだけで、悲しくなるくらい沢山の「あの頃」が思い出されたんじゃないだろうか。
 
『男はつらいよ 知床慕情』はシリーズの中でも特に深みを感じる評価の高い作品。敏郎さんと淡路さんの人間の深みがそうさせている。寅さんも敏郎さんと映っている時は心なしか感慨深げに見える。渥美さんも若い頃に『太平洋の翼』で敏郎さんと共演している。
 
淡路さんじゃないけど、みんな若かった、あの頃。
 
 
作家中山千夏の本に、天本英世さんの出版記念パーティーで敏郎さんがダンスを披露したときのことが書かれていた。宴が最高に盛り上がった時、ちょうど演奏されていたスパニッシュ・ギターに乗って、ほろ酔いの敏郎さんがフロアに飛び出してきて踊り出した、スーツの上着をダンサーのように脱ぎ捨てて!
 
敏郎さんは踊れる人か否か。上手い下手は別にして、敏郎さんは身体のキレがいい、ゆえに動きが綺麗だ。逆抜き不意打ち斬りのようなことが出来る人であればリズム感もあると推測する。敏郎さんは豪快に勢いよく素早く動く。しかしその動き、一挙手一投足がブレていない。体がゆらゆらしてる敏郎さんなんて見たことない。常に体の隅々まで神経が行き届いている。『酔いどれ天使』の松永の投げやりな泥酔ダンスでさえ、身体が流れることがなかった。
 
そういう目で見ると殺陣の勢いが見事に振り付けられたダンスと同じくらい美しく見えてくる。『侍』で寝起きを襲われた鶴千代が三方からの手を瞬殺するシーン、あれは惚れ惚れする「ダンス」かもしれない。斬って斬られてのけ反る姿など、ちょっとアルゼンチン・タンゴみたいだ。
 
中山千夏は、雰囲気を実によく掴んで見事に踊った、と驚いた様子で書いている。彼女の中で敏郎さんは不器用な人としてインプットされていたが、やっぱり芸人なのだ、と思ったそうだ。
 

同席者一同、大喜びして歓声をあげ、手拍子したのは言うまでもない。天本さんの最高に嬉しそうな笑顔が思い出される。ごく短いサービスだったが、誰もが感嘆の溜め息をついた。

 
プロのダンサーがどんなに上手く踊ったって敏郎さんのオーラの前には分が悪い。型のある一連の動きで見せる身体のキレは、ダンサーのソレに負けていない。
 
そのほろ酔いの踊りがどんなものだったか想像してみる。きっと、広場で人が集い踊る中へ入り、踊りながら愛人とイチャつくアニマス・トルハノのあのダンス、足を踏み鳴らす細かいステップの、タンゴのようでもありフラメンコのようでもあり、闘牛士の舞のようでもある、あのダンスみたいな。
 
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