大正九年四月一日、三船徳造とその妻センの長男として中国山東省青島に生まれる。昭和十五年、19歳で召集、終戦を迎えるまでの約六年間を軍隊で過ごす。昭和二十一年春、軍隊時代の先輩を頼りに東宝撮影部の撮影の職を得ようとするも空きがなく、渋々ながら新人発掘オーディション東宝第1期ニューフェイス試験を受け補欠で合格、とにかく東宝に職を得る。ここに三船敏郎全人生のベースとなる宿命の道、役者への道が開く。
 
様々な人間が様々な立場で三船敏郎を語ってきた。
 
語り尽くせない男三船敏郎が語られる時、その多くは黒澤明がらみである。三船敏郎を単独で掘り下げる書物は在った記憶がなかったが、今は最新にして最善の三船敏郎評伝、松田美智子著『サムライ 評伝 三船敏郎』が在る。取材で実像に迫るというアプローチをもってしても、三船敏郎の人物はこじんまりとしない。ただ悠々として構えるというより、内から見ても外から見ても止どまることなく動いていた人生だったことを知った。
 
最後まで自分らしく人間らしく目一杯力強く生きた男、それが私の三船敏郎像である。そのように生きる男が今もいるとすれば、その男は三船敏郎のような男だと言ってもいいのだと思う。そう思える余地を残す人間性こそが三船敏郎の手放しの器量なのではないか。
 
 
印 象
物怖じしない気さくでストレートで鷹揚な振舞いと義を重んじ慎み深さによる整然とした厳しい態度。男達は彼を見て「ええ男やなあ」と惚れ惚れし、女達は「かわいい人」と内心微笑む。三船敏郎は戦後最も男前な日本人であり、そのグローバルな男ぶりは比類なく、超える者無く今に至る。中肉中背の体躯の逞しさはジム仕様の筋肉とは違う、生活から生まれ身についたものである。整った目鼻立ちの完璧なルックスが愛嬌のある表情に柔らぐ。熱を帯びて響く深みのある声は三船敏郎のセクシーさの源であり極み。スーツも軍服もセーターも浴衣も鎧も袴も簡便に着こなし、どんなに素晴らしい装飾であってもそれを纏う三船敏郎より先に視線を奪うことは難しい。煙草に手を伸ばしてから吸い終わるまでの一連の様子は目の離せない見ものとなる。三船敏郎ほど髭の似合う男はいない。あの良さ、筆舌に尽くし難い。
 

演 技
三船敏郎が動く時、心体一挙動で行く。眼は常に光を宿して輝き、思いが募ると潤む。自らの配役された意図を計り、役者として監督の望むように演じる。元々役者志望ではなく演技経験もないことから、却って熱心に素直な態度で臨み新鮮な演技を見せることになる。その型にはまらない方法論や表現は様々な名演と共に多くの傑作や伝説を生む。能く動く表情の喜怒哀楽表現の大きさ、身体能力の高さによる超絶アクション、殺陣のリアリティとキレ。怒る、顔色を伺う、傷つく、正気を失う(泥酔含む)の4つを演じる時、他の役者には真似できない世界がある。松永、菊千代、鷲津武時、富島松五郎、小杉曹長、阿南惟幾の力強い死に様、死の演技が巧い。気づいている方も多いと思うが三船敏郎のコメディセンスは極めてハイレベルである。
 

黒澤明
盲目的に役者三船敏郎を愛した不世出の映画監督。16作品で三船敏郎を起用し、その多くが傑作であったため運命の鎖で繋がれた。不仲説は徒らに大きい空箱みたいなものである。同じ場所で同じ瞬間に才能を爆発させる日々、互いが互いにとって二度と再現しない相手であること、その巡り合わせや輝かしさに、周りも黒澤明も恐れをなしたのかもしれない。三船敏郎は黒澤明に恩義を感じており、最後まで黒澤明の人生を案じていたと思われる。それは黒澤明にしても同じだったことは三船敏郎への弔辞を読めば明らかである。三船敏郎を起用しなくなって黒澤映画から消えたものは「躍動」である。
 

作 品
1947年『銀嶺の果て』から1995年『深い河』まで、151本の映画に出演している。作品ジャンルは多岐に渡るが、ホラー映画への出演は一度もない。デビューからの3年間で6本の出演作が公開され、1950年代には実に62本もの出演作が公開されている。出演本数、作品、三船敏郎いずれをとっても1950年代は最高に美しい季節であった。しかし三船敏郎の代名詞と言えるあの役もこの役もそこから10年余り経た後に登場するのである。1960年代には40本の出演作が公開、豊穣の季節であったはずの1970年代に20本という出演作の少なさは残念である。1980年代には18本の出演作が公開され、少ないながらもバラエティに富んだ役柄を演じている。1990年代には死の2年前1995年までに5本の出演作が公開され、そのうち2本が海外作品である。最後まで海外からの出演依頼の絶えることがなかった三船敏郎に相応しい最終章と言える。
 
三船敏郎を最も多く起用した監督は稲垣浩。その数21作、1950年三船敏郎と出会って以降、自身最後の監督作『待ち伏せ』までの34作のうち21作で起用している。時代劇が多く、男臭いワイルドなイメージを持つキャラクターが多い。次が黒澤明の16作、稲垣浩の生涯監督作品数100本に比べると寡作に感じられる生涯30本のちょうど中間地点的な、最も充実した、最も飛躍した時期の16作で三船敏郎を起用している。それら全てに「俺が魅力を感じる三船」といったヒシヒシと迫ってくるような愛情を感じる。先取りされた三船敏郎の魅力を毎回観客は追体験した。三船敏郎の素の魅力を超えるような強引な演出は一度も見たことがない。三船敏郎のデビュー作であり、自身の監督デビュー作でもある『銀嶺の果て』を撮った谷口千吉は13作で起用している。初期はイノセントなキャラクター、中期以降はアクションものや冒険活劇などヒーロー的キャラクターで起用している。岡本喜八の10作がなければ、三船敏郎のフィルモグラフィーは少し寂しいものになっていただろう。稲垣や谷口の描くエンタメ調のヒーローではなく、黒澤の描くドラマティックな男たちとも違う、言ってみれば普通のテンションの男たちとして、男盛りの三船敏郎を洒落っ気たっぷりに結果カッコよく起用したのが岡本喜八である。
 
三船敏郎の全出演作の中で最も観客動員数が多いのは?
 
以下グラフにおける観客動員数は、各作品の公開年の興行収入を当時の入場料で割るというアバウトなMIFUNEDUDE独自手法で算出したもの。生涯打率のようなトータルなものではなく、公開した年に最も多く人を集めた、瞬間風速の最も強かった作品のランキングである。1950年以前のデータを得られなかったり入場料に誤差があったり、データの妥当性や正確性に欠ける点があることを先に申し上げる。ただ順位付けに資するデータにはなっていると考える。
 

黒澤映画初のシネマスコープ作品『隠し砦の三悪人』、『用心棒』のヒットを受けてタイムリーに公開された『椿三十郎』、東宝スター総出演の東宝映画100本目記念作品『日本誕生』、話題性が高く誰が見ても楽しめる娯楽映画がトップを飾る。ど派手な宣伝文句に煽られて偽りなく大満足で劇場を後にする多くの人々の冷めやらぬ興奮を想像してみる。リアルタイムで隠し砦、羨ましいの一言。『七人の侍』『用心棒』『天国と地獄』凄い3本が並んでしまいランキングなんてどうでもいい気がしてくる。石原プロとの共作であり電力会社関連企業への前売チケット制度など色々先駆的な『黒部の太陽』は、撮影中の大事故の話題性もありつつ、前売り動員数を含めたらもっと上位にランクインするだろう。弓で射られる体を張った三船敏郎が見たいと思った人が多かったのか『蜘蛛巣城』が意外にランクイン。

もちろんこれは作品の優劣を表してはいないし複数年で計算すれば違う作品がランクインすることもある。『酔いどれ天使』はデータがなくて対象になってないし、ランク外であっても『馬喰一代』は公開年第3位の興行収入をあげている。ひとつ確実に言えるのは、やっぱり黒澤三船コンビが最強ということなのである。
 

役 柄
レイピストで人殺し。多襄丸のことだが、三船敏郎の多襄丸には魅力しか感じない。それは三船敏郎が二枚目だから、それだけではない、三船敏郎の持つどこか屈託のない感じのせいである。裏表の無いさっぱりした感じが三船敏郎の演じる全ての男達のベースにある。どんな役柄も役者の個性というバイアスがかかり、与えた監督の意図から多少ずれていくものだろう。

八百万の神から人殺し、医者から茶人まで、善人悪人、下流上流、様々な役柄を演じてきたが聖職者は演じたことが無い。またあれだけの男ぶりを誇りながら恋愛巧者な役柄が少ないというより無い。女性とイイ感じになるロマンティックむしろセクシャルな見せ場のある役柄が少ない。37歳の時に演じた『下町』の鶴石芳雄くらいだろうか。三船敏郎ほどの二枚目であれば『モロッコ』のトム・ブラウンみたいな役柄の一つや二つ出来ただろうに。40代になると所属長の重責を担う立派な男もしくは苦渋の男といった役柄が増えてくると同時に、そんなのが嫌で我が道を行く一匹狼といった役柄も増えた。しかし冷たく心の無い人間、何を考えているかわからない策士のような役柄を演じたことはない。50代以降は緊張感のある顔つきと更に圧の深まった声音から、威厳のある重厚な役柄を演じることが多くなった。松永が生きながらえていたらこんなというようなドン系の役柄は堂に入ったものであった。30代は怒涛の出演ラッシュで様々な監督による三船敏郎役柄お試し期間の様相を呈している。後に増えてくる時代劇の役柄もこの頃出始める。まさに試しただけというような浅めの役柄も点在する中、黒澤明の与えた役柄は造形が確かであり、演じる三船敏郎も役柄へのハマり方が段違いである。
 
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151本で演じた役柄のうち編集の違いのみでカブっているものを除いた150の役柄について、深く考え込まず直感的に分類していった結果が、この円グラフである。神をどのカテゴリーに入れるか迷うところだがクリエイターだよねということで。ヤマトタケルと不動明王を神とした直感はマズイだろうか。もちろん菊千代は侍としてカウントしている。
 
 
最後に。
我らが愛する三船敏郎、その渾身の役者人生、稀に見る男の弛まぬ道程を年代記として綴り辿り終えて場の仕舞いとしたい。完成を待たず制作過程を公開。
 
役者年代記 三船敏郎
 
スクロールの先の世にあるのはエンドレスな賞賛。