山口淑子芸能生活20周年記念作品であり彼女の最後の映画出演作となる本作は、お祝い気分と愛惜の情が入り混じった不思議な作品である。山口淑子演じるメリー川口は米国に拠点を置く有名なファッションデザイナー。その彼女が生まれ故郷である日本へ何十年ぶりかで里帰りをし、東京での休日を楽しむという『ローマの休日(1953)』や『旅情(1955)』的な、旅先でのロマンティックでほろ苦い数週間を描いている。しかしグレゴリー・ペックやロッサノ・ブラッツィのような渋い大人の恋人役を演じるのは敏郎さんではない。本作での敏郎さんは全くの特別出演。
 
山口淑子と敏郎さんの共演は、共演とは言い難い本作を除いて正味4作品、最後の共演が1953年の『抱擁』である。敏郎さんの恋人役として彼女は私のお気に入り。顔も個性も敏郎さんと堂々渡り合うボールドでパワフルな女優山口淑子。波乱の半生を持つ彼女の異国情緒漂う存在感がメリー川口役にフィットしている。

故郷に両親のお墓を建てたい、日本の桜を見てゆっくりしたい、そんなプライベートな帰郷の旅になるはずが、海外で成功した有名人である彼女を利用しようと様々な人間が様々な思惑を持って近寄ってくる。ファッションデザイナーのマダム蝶子は合同ファッションショー開催をメリーに持ちかける。パートナーの小松原が舞台演出家としてもう一花咲かすことができるように。


そこに顔馴染みのサラリーマン林さんにバッグを買ってもらいたい芸者の八千代ちゃんと、恋人の花売りジョージに開店資金を調達し彼と結婚したいウェイトレスの洋子ちゃんが乗っかって、捕らぬ狸の皮算用。


飲み物を注文する時に八千代ちゃんは「レモンチー」と言う。Lemon Teaのことだろうけど真面目なのか狙ってるのかよくわからない。それが時代の空気を切り取った現代物作品の面白さ。
 
のどかでコミカルな展開とレトロなセットや服装が楽しい。八千代ちゃんを演じる八千草薫と洋子ちゃんを演じる司葉子が相当可愛い。映像全体が50’sのポップな装飾にグレイッシュな落ち着いたトーンでとても綺麗だ。

お祝いに華を添えるスターたちの特別出演も本作の大きな見どころ。ショーダンサーに草笛光子、日舞に新珠三千代、歌に雪村いづみ、越路吹雪などが得意の歌や踊りを華やかに鮮やかに披露している。新珠さんをサラッと数秒映して流してしまう企画の潔さ、チラッとしか映らないにもかかわらず際立つ新珠さんの美しい面差し。新珠三千代は後を引く日本美人の典型である。

バスガイド役の香川京子。新珠さんとは違う華がある。

そして突如メリーの前に現れた小泉博演じる謎の男。唐突に現れていつの間にメリーのマネジャー兼秘書を名乗り、ファッションショーのデザインを完成させるために徹夜したから今日は彼女にはしっかり眠ってもらわないといけない、午後まで誰にも会わせません!と場を仕切り始める。


あなたは誰なの? ホテルに押しかけたマダム蝶子ら皮算用グループは憮然として尋ねる。しかしメリーはこの謎の男に心を許しきっていた。

金目当てで寄ってくる輩から彼女を守ろうとする誠実そうな態度にほだされて、突然「あなた、二郎さんじゃない?!」と言い出し、この謎の男が幼なじみの二郎であると一方的に思い込む。何もおっしゃらないで、懐かしい、ああ二郎さん、そう言って男の胸に顔を埋めるメリー。複雑な表情で押し黙る謎の男。常々思うが山口淑子は男の胸に顔を埋めるのが素晴らしく巧い。

いよいよファッションショー当日。星形のスポットライトを浴びて日本ファッション協会理事長役の原節子登場。本作は彼女の呼びかけで企画されたとか。うながされてメリー川口こと山口淑子も登壇し握手する二人。日本が誇る派手な顔の美人女優のツーショットは本作のクライマックス。


わたくし、、、わたくし、、、本当にありがとうございました。スピーチを求められ出てきた言葉はそれだけ。役の上でも本人自身にしても万感胸に、ということと思えば本心の言葉だろう。
 
第二部は歌謡ステージ、メリーは山口淑子に戻って「夜来香」を歌う。難しくて歌えないのに歌いたくなる、そんな歌。気づかぬうちに至る所で様々なアレンジで耳にしている一大流行歌である。もう彼女はいないのだとふと思う。悲しんでるわけじゃない。かくも華やかに自信に満ち溢れ満足げに輝いている人に悲しみは覚えない。もっと見たい、といった感じか。観客にそんなふうに思われるとしたらアーティストとして最高ではないか。

ショーも終わり、すっかり高揚したメリー。夜の静かな公園で二郎への慕情を口にする代わりに歌う「東京の休日」、そのムード、設定は全然違うけれどミュージカル『南太平洋』の名曲「Bali Hai」を思い起こさせる。大好きな二郎、桜の下でお別れしましょう。

ショーも終わり、すっかり意気消沈した皮算用グループ。結局評判になったのはメリー川口のデザインと歌だけで彼らには何の反響も見返りもなかった。小林桂樹は報告会議で上司に怒られ、そこに八千代ちゃんからオネダリの電話、取り次いだ池部良に“妹から電話だ。おまえ一人っ子じゃなかったか?”とイジられる。池部良はこういう憎たらしいというかイケズというか真顔でトボける演技が上手い。池部良も山口淑子とは縁のある役者だ。彼はあるインタビューで、共演して相性が良かった女優を聞かれて一番に山口淑子の名を挙げている。


帰国前のお花見パーティーで名残惜しくも仲良く祝杯をあげるメリーと二郎。

ここでやっと敏郎さん登場。待ってました二枚目。惚れ惚れする男っぷり。角刈りが実に良く似合う。ムンムンする男臭さ。キョロキョロする男前は、メリーが両親の墓を建てる金を渡すため東京へ呼び寄せた寺の住職天海の甥である。



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天海はメリーを“お花坊”と呼んで彼女を喜ばせる。子供の頃、故郷の田舎でそう呼ばれていた。色んな事が思い出され、で、このニコヤカな色黒のヒゲ男はどなた?怪しむメリーに天海は優しくネタバラシ。“二郎じゃよ、おまえは大きくなったら二郎と結婚すると言い張っていたが、今でもそうかな?” お重を持った紋付、敏郎さんこそ二郎なのであった。

二郎ちゃん二郎ちゃんてオラの後ばっかついて歩いて、オマエが小さい頃どじょっこだのふなっこだのオラが獲ってやったでねえかあ!満面の笑みで幼少期の出来事を語り懐かしがる色黒の二郎に怪訝な表情が止まらないメリー。ふと見るとさっきまでいたはずの色白の二郎の姿が見えない。
 
固まるメリー。

そこへホテルのボーイが鞄を持ってくる。中にはショーやパーティー、墓や寺への寄付などさっきまで二郎だと思っていた男に預けていた金がごっそり入っていた。男の名は詐欺師。


久しぶりの日本、東京での休日、彼女の心を大きく占めていたのは、ただただ楽しく幸せだった子供の頃の記憶。でも過ぎ去った日々は良くも悪くも戻らない。詐欺師の男を二郎と思い込んだのは、二郎であってほしい、大好きだった二郎が逢いに来てくれたと思いたい寂しさ、故郷への思慕があったからなのである。
 
それにしてもメリーの心に随分な傷を負わせたまま故国を去らせる展開、記念作なのに哀れ過ぎないか。最後の作品のラストショットが寂しげな顔ってどうなんだろう。本当の二郎と所帯を持つ、そんな展開で良かったんではないか。お重の中身は二郎が手作りした昔ながらのよもぎ団子。お花坊の大好物だ。周囲にもお裾分けを忘れない優しい二郎と所帯を持つ、いいと思うが。


二人の数々の共演は山口淑子の引退によってレガシーになった。当時共に38歳、この敏郎さんを見てもわかるが、ギラギラとして枯れることなどまだまだ先。この後二人はそれぞれ舞台を世界に広げ、役者という枠を超えた活躍も見せることになる。

本作とほぼ同時期の公開となる『無法松の一生』の松五郎っぽい二郎を演じた敏郎さん。角刈りが印象深い。短絡的で恐縮だが【角刈り=任侠=東映】の図式が自分の中に在る。敏郎さんはこんなに角刈り映えするのに高倉健が得意としたような任侠映画への出演がほぼ無い。五社協定があったからだろう。他に大人の事情もあったのだろう。弱さや迷いから来る暗い感情、松永や赤間や鷲津のように神経質で破滅型の男を、ある意味屈折した様式美に囚われた世界、任侠の世界に展開できたんじゃないかと、二郎の角刈りを見て思ったのである。
 
天海と二郎は本当に嬉しそうにメリーとの再会を喜ぶ。深く傷つきながらも二人の前では気丈に振る舞うメリーが悲しい。笑顔はタイミングを選ぶ。でも彼女をそこから救うのはやはり天海や二郎の顔に浮かぶ人懐こい笑顔だろう。


  
作品データ
スタッフ、共演者